瀬木比呂志著『絶望の裁判所』を読んで

 標記の本の著者である瀬木比呂志氏は、現在明治大学法科大学院の教授だが、もともとは裁判官、その中でも外部からはエリート街道を歩いていたと思われていた人だ。
 弁護士にも、得意不得意はあるが、私は、仮処分とか、仮差押とか緊急性のある民事手続をよくやっている。以前、知人の会社の社長から、緊急性がある事件なので、顧問の弁護士に仮処分を依頼したが、その弁護士が次回の期日に1か月後の日程を希望したので、日本の司法制度に絶望したという話を聞いたことがある。もちろんそれは日本の司法制度の問題ではない。通常の裁判であれば、1か月に1回というのは通常のスケジュールだが、仮処分では1週間から10日間に1回期日を入れるのは通常である。要するに、件の顧問弁護士は民事保全という緊急性のある事件に不慣れだったのである。
 瀬木氏は、『民事保全法』(判例タイムズ社)という著書もあり、その分野では、名の通った人物である。私も事件を受任するたびに、真っ先に参照する文献であった。
 その瀬木氏が実務を知る一裁判官の立場から、標記のような題名で、裁判所、裁判官の批判の本を書いたというのであるから、読まずにはいられない。発売日に買って読了した次第である。
 論ずべき点は多々あるが、今回は私が前から思っていた点を一つだけあげることにする。
 それは、裁判官は世間知らずだという広く流布している誤解である。
 私は、裁判官との勉強会にも参加している。私の実感からすると、裁判官は、実務を通して実社会、しかも多数の紛争を通じて接しているので、少なくとも一般の人と比べて世間知らずということはない。もちろんある特定分野の専門家や業者からすれば、その業界の常識を知らないということはあるだろう。しかし、それは弁護士でも同じだし、いわんや世人においておやである。その業界の常識を当然知らないであろう裁判官に、いかにして理解させるかを工夫するのが弁護士の職分であろう。
 本書では、裁判所における権謀術策を赤裸々に描いており、私自身が知りえた情報と照らし合わせても、かなりの部分が納得できるものであった。裁判官で本当に世間知らずといえるような人はむしろ職人として信頼できる裁判官であり、裁判所を運営している裁判官、そのような裁判官を構造的に生み出す裁判所の制度に問題があるという指摘にはほぼ同意できる。
 弁護士には、裁判官を全く信用できないから全面的に闘うという層と、裁判官は泣く子と地頭のようなものだから逆らわないという層がある。
 私は、そのどちらにも属さず、裁判官との協同を目指している。職人として信頼できる裁判官との間では、信頼関係に基づき、そうでない裁判官とは徹底的に争う。
 私は、法は今私たちが考えているより、もっと創造的なものであるはずであると信じている。そのためには、裁判官が自らの良心に従って自由に判断できる制度的な担保が必須である。
 一般の方でも理解できる平易な文体でかかれているので、是非一読されることをお勧めする次第である。
 

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